続いて再び演出の本に戻りまして『演出についての覚え書き〜舞台に生命を吹き込むために〜』を読みました。著者はフランク・ハウザーとラッセル・ライン。基本的にはフランク・ハウザー書いた『演出についての覚え書き』というメモを元に、ラッセル・ラインが注釈を加えながら、本書に仕立てたというものらしい。
読んでみた感想としては、この本はしばらく座右に置いておくことになりそうです。まさに作品を作っている時に参考になるような、この本は演出をし始めた人にも、長く携わっている人にも役に立つような気がします。
この本は『脚本を理解すること』『演出家の役割』『キャスティング』『はじめての台本読み』などに分けて整理されているので、作品作りの各段階において、手引きのように参考することができると思います。また、記述は上段と下段に分かれており、上段にポイントとなる見出しが書かれており、下段にその解説が書かれる構成となっています。
例えば、こんな感じです。
【稽古のルール】
疲れた時、新しい部分の稽古はしない
すでに練習した部分を、おさらいしなさい。
(シカ・マッケンジー訳『演出についての覚え書き』フィルムアート社 2011年 P.85)
こういう実際の稽古場で起こりえることが細かく整理されていて、それが納得できる解説とともに記述されています。今まで経験してきた中で『こうすれば良かったのか』と腑に落ちる部分もたくさんあります。役者との接し方、スタッフとの接し方など、経験に基づいた示唆に富むアドバイスが並んでいます。
つらつらと書いていくと全てを紹介することにもなりかねないので、特に印象的だったポイントを2つだけ紹介したいと思います。
【俳優への接し方】
「誰に対して話しているの?」と常に問え
俳優が対象をはっきりさせれば、観客の興味は深まる。特に、話しかけられている相手に変化が生まれた場合はそうだ。稽古では、時折まったく新しい人に対してセリフ全体、あるいは一部分を言ってもらうと良い。新しい意味が見いだせるかもしれない。
(シカ・マッケンジー訳『演出についての覚え書き』フィルムアート社 2011年 P.126)
科白を聞いていると突然、誰に言っているのか分からない宙に浮いた科白があったり、色んな意味合いのある科白の発音が違っていたりすることがあります。これは大抵の場合、話しかける対象が曖昧であることが多く、何となく全体に向けて話してしまっているだけということがあります。そうすると、その科白の意味合いが曖昧になってしまって、お客さんが物語を見失うことにもなりかねない。だから、とても大切なことです。
こういうことは演出を始めるとやがて当然のこととして気づくのだけれど、こう整理された形でまとめられている本はなかなかありません。演出論がまとめられている本は世の中にたくさんありますが、それとは一線を画す、作品作りの段階ごとに気の利いたアドバイスをくれるような本なのです。
【ステージングの要素】
聞くことは能動的な行為である。
観客は、セリフを聞いている人物の感情を(たいていの場合)理解する必要がある。感情の変化は、体の状態の変化に表われる。
(シカ・マッケンジー訳『演出についての覚え書き』フィルムアート社 2011年 P.150)
まず、科白を受けることの大切さを指摘する部分です。『聞くことは能動的』というのはとても上手い表現であると感じました。芝居を始めたばかりの役者は往々にして、聞くことよりも話すことを意識します。もちろん、それは当然で自分の科白を憶えるのに懸命になるのは当たり前です。しかし、自分の科白が言えるようになって終わりではなく、そこからが始まりで、自分の科白に対する、相手の科白をいかに受けるかを同じくらい考えなければなりません。
演出をしていると、科白を言っている方の発音や滑舌が気になりがちになるのですが、その科白を受けている人間の態度によって、その科白の価値が浮かび上がります。色々な表現の仕方があると思いますが、聞くことを意識することは決して忘れてはならないポイントだと思います。
また、この本の良いところは、矛盾したポイントがちゃんと並んでいること。例えば『立ちなさい』と書かれていたと思うと『座りたいなら座りなさい』とも書かれている。巻頭の『本書の読み方』の中でも相反することが書かれているので、状況に応じて選択して欲しいと書かれています。1つの方法論で押し切ろうとするよりも、よほど良心的ですし、実践的なアドバイスであると感じられました。
そういったこともあり、この本は突然、演出をしなければならなくなった人にはお薦めできる本だと思います。やっと初心者にも易しい本に出会いました。また、ある程度の経験した人にも行き詰まった時にそっとアドバイスをくれるような心強い1冊。お薦めです。