最近、本職の方で『プロパガンダ』という言葉を説明する機会がありました。
『THE MERRY WIDOW』を観て、ふと思い出したので書いておこうと思います。何故、『ふと思い出した』かというと、第二次世界大戦で最も激しいプロパガンダを行ったといわれる国家の総統がこのオペレッタを好んでいたというから。
『プロパガンダ』とは心理戦や世論扇動などを指す言葉で、主として革命時や戦争時に多用されるとされるが、実際は(程度の差はあれ)常に行われていると認識すべきものです。大学などでは扱われることもある内容ですが、これだけ色々なメディアが発達した現代においては、メディアとの付き合い方として、もっと早くから広く教えなければならないことかなと感じています。
さて、僕は『プロパガンダ』の講義をする時には入り口として、1本のアニメを見せることにしています。それがタイトルの『Der Fuehrer’s Face』、邦題を『総統の顔』という作品です。製作したのはウォルト・ディズニー・プロダクション。公開は1943年1月1日。ドナルドダック・シリーズに分類される作品です。
内容は観て頂いた方が早いので、興味がありましたらYouTubeの『総統の顔』をご覧ください。
少しだけ解説すると、オープニングに登場する楽団はスーザフォンの昭和天皇、ピッコロのヘルマン・ゲーリング(ナチス国家元帥)、トロンボーンのヨーゼフ・ゲッベルス(ナチス宣伝大臣)、バスドラムのベニート・ムッソリーニ(イタリア首相)、スネアドラムのハインリヒ・ヒムラー(ナチス内務大臣)をイメージしたキャラクターです。
そして、ドナルドダックが目覚めるとアドルフ・ヒトラー、昭和天皇、ムッソリーニに敬礼をするシーンもあります。この出だしはその後の展開と併せて、当時の枢軸側の主要人物を直接的かつ中傷しつつイメージさせるものです。
観て頂ければ一目瞭然、作品全体として典型的なプロパガンダで、徹底してナチスを貶める内容になっていることが分かりますし、最後は夢落ちでドナルドがアメリカ国民で良かったと自由の女神のミニチュアにキスをするシーンで終わるところなども良く出来た展開のように思えます。
日本人としては昭和天皇の扱いに眉をひそめるような部分がありますし、これを観た感想としては『いくら敵国でもやり過ぎ』と感じる人もいます。しかし、この『やり過ぎ』と感じる部分こそが、プロパガンダで最も重要な部分で、それを違和感なく受け入れられていけばプロパガンダが成功しているとも言えるわけです。実際、この作品は1943年のアカデミー短編アニメ賞受賞作品でもあります。
日本に住んでいてある程度の教育を受けてくると戦前の情報統制の強さや国民を鼓舞するための様々な工夫(プロパガンダ)については学習してきます。しかし、それは戦前の日本の異常性のように感じられてしまい、その反省にたった現代では、そんなことが起こらないように感じているのではないかと思います。
そこで、この映像を見せるわけです。何となく枢軸側の情報統制やプロパガンダの方が鮮烈で悪い印象が強いわけですが、多かれ少なかれ当時のアメリカでもこのような作品が作られ、アカデミー賞を受賞するほどの賞賛を受けたわけです。アメリカが普通の国とは思いませんが、民主的政治形態を持っている国家であっても、目的遂行のために必要なプロパガンダが行われることを少しでも知るきっかけとなればと思っています。
そして、この題材でもう一つ重要なのは、日本ではDVD発売されていないという点です。私が講義で使用するDVDはアメリカ版の『ON THE FRONT LINE』というディズニーの戦時映像を集めたものです。これは日本未発売のDVDです。
戦後長らく封印されてきた『総統の顔』ですが、2004年に『ON THE FRONT LINE』で初収録され、2005年にアメリカで発売された『ドナルドダック・クロニクル』という全集でも収録されました。しかし、日本発売時には『総統の顔』とドナルドが日本軍と戦う『COMMAND DUCK』などが未収録となっています。
今の日本では言論統制もなく、表現の自由も保障されているはずなのに、日本版で未収録となったのか。そこから考え始めれば、法律で保証されているということがいかに脆く、大切なのは社会が多様な価値観を許容し、互いの表現の自由を尊重することだということが見えてきます。
まぁ、いつもそんなことを考えている訳ではないのですが・・・
You Tube、見ました。こういうドナルドダックがあったことを、初めて知りました。
ディズニーについてはよく知らないのですが、表現する人間が時代とどういう関係を作っていたのかというのは、非常に興味深い問題だと思います。
上手なプロパガンダというのは、たぶん人々を知らないうちに虜にしてしまうものなのでしょう。そこにある工夫というか、それを支えている巧妙な技術というものは、それなりの評価を与えられていいのだと思いました。
プロパガンダが悪いのではなく、様々な表現に対して人々がどういう判断ができるのかが問われているのでしょう。
最近の「秘密」に関する経過などでも、町の声や様々な人たちの発言などを聞いていると(全部が全部とは言わないけれど)、そういう判断力の鈍り、感性の鈍りというようなものを感じて、プロパガンダが出てくる前にすでに負け戦になってしまっているような気がして仕方がないのです。
メディアとの付き合い方を早くから教えるべきだというきみの意見には、全く異議ありません。
教育や演劇には元々プロパガンダ的側面があると思うので、
途中で「登録」のボタンを押してしまったみたいだ。まあ、終わりでいいや。
それにしても、青い文字のところをクリックすると、パッと映像につながる仕掛け(というのか)、こういうことも出来るんだねえ。
コメントありがとうございます。
一般的にハリウッドは政治的にはリベラルであると言われますが、ウォルト自身は保守的色合いが強く、他のスタジオよりも協力的であったようです。
今回の「秘密」に関する経緯は、情報操作以前に多くの日本人が最も関心を持たない時期に「上手くやった」というのが実際のところでしょう。今頃になってテレビで影響力があるとされるコメンテーターたちが騒いでいますが、残念ながら彼らに影響力があるのは日本人が関心を持つ選挙前の短い期間だけです。彼らの失態は保守的色合いの強い政権が出来れば遅かれ早かれこうした法案が出てくることは分かりきっていたのに、前回の選挙時に声高に叫ばず、勝ち馬に乗るような風潮に乗っかってしまっていたことです。だいたい、政治家が経済政策を声高に叫ぶ時は裏側に隠したいことがある時なのは初歩の初歩なのに・・・
だからこそ、メディア理解や情報操作などについての理解が大切だと思うのですが、僕は本職方面でも少数派というのが悲しいところです。う~ん(@@)
tomoさんらしいアプローチですね。守備範囲の広さにもいつも感嘆させられます。ディズニーは相当保守的な人物で第2次世界大戦後のレッドパージにも関わったというような話も聞いたことがあります。人間はさまざまな顔を持っています。
yassallさん、コメントありがとうございます。
ディズニーは日本においては『ディズニーランド』をはじめとして夢の国の創設者というイメージが強いですが、レッドパージへの協力や存命中に黒人と女性がディズニー社の幹部に登用されなかったなど人種思想面での問題も指摘されることが多くあります。
時代背景や立場、世論の動向によっても人間の立ち振る舞い方は変わりますし、yassallさんのいうさまざまな顔が生まれてくるのかなと思います。