『Article 30』初稿

春季発表会の演目『Article 30』のお話。

物語は1947年秋のアメリカ。日本では『世界人権宣言』として知られる『Universal Declaration of Human Rights』についてのミーティングが舞台。普段の柳瀬の作品とは全く違い、面白い話でも無く、動きもほとんど無いので、客席の8割ぐらいは途中で眠りについてしまうのではないかと今から心配しています。

内容の前に今回の目標を述べておくと、この昨秋からずっと『Love & Chance!』を上演していたので、すっかり少人数での会話に慣れ、少し会話感が薄れつつあったので、とにかく人の話を聞く訓練をしなければと思い、『議論する物語』に取り組むことに。3月の終わりから取り組むには難解な物語なので、上演するには仕上がりが少し心苦しい部分もあります。しかし、部員たちは自分たちの知識を越えた難解なストーリーを理解するために一生懸命、用語や時代背景を調べているようですので、経験としては悪くなかったと思っています。

さて、物語について。

タイトルの『Article 30』は『Universal Declaration of Human Rights』が30条からなる宣言であることに由来しています。この宣言をまとめた委員会の長はエレノア・ルーズベルト。フランクリン・ルーズベルト夫人である彼女は大統領の死後、国際連合のアメリカ代表団の一員として派遣され、この宣言の起草に携わりました。

最初に興味を持ったのは『反対されない宣言』を作り上げたエレノアの手腕についてでした。当時、冷戦が始まりつつあった時期に東側諸国はこの宣言に不満を表明しましたが、最終的には反対投票をせず、棄権に回りました。これは当時の世界情勢の中では画期的な出来事でした。当時、西側諸国はこの宣言はフランスの人権宣言やアメリカの権利章典(憲法修正第1条〜第10条)のようなものを想定し、自由と平等、国民主権、法の支配・平等、権力分立、私有財産の不可侵などを重視していました。これに対して、東側諸国は衣食住・医療・労働・教育など社会保障分野について触れることを求めていました。エレノアは西側を代表するだけではなく、西側諸国の反対を抑え、東側諸国の主張を一定程度、取り入れました。これが東側諸国が反対に回らなかった大きな要因になったようです。

しかし、実際に色々な資料を読み込んでいくと、この宣言が実に率直に練り上げられたものだと感じられるようになりました。今回、色々読んだ資料の中に『「人権に関する世界宣言」成立の経緯 』というものがありますが、この本はこの宣言が議論される過程で『○○代表はこう述べて賛成した』『○○代表はこう述べて反対した』というのが細かく書かれています。一見すると批判合戦のようにも見えなくないのですが、率直に意見を交わすことによって、次第に広く同意できる部分が浮かび上がっていったようにも見ることができます。一方で、サウジアラビア代表の意見は東西冷戦とは全く違う形の相容れない対立の可能性があることを示していたりすることはとても興味深い点でした。

この宣言の成立に中心的な役割を果たしたフランスの法学者であるルネ・カサンは『International Declaration on Human Rights』としていた名前を、議論が進むにつれ『Universal Declaration of』に変更することを提案し、了承されます。この変更は『国際宣言』から『世界宣言』への変更ではなく、『普遍的』という意味への変更だったそうな。この辺については『世界人権宣言の研究―宣言の歴史と哲学』に詳しく書かれていました。日本では『世界人権宣言』と訳されていますが、確かに先ほど述べた議論の末に広く同意できる部分が浮かび上がっていったという様子を知ると、『人権の普遍的宣言』と直訳した方が良いような気がします。

今回の作品では登場人物に制限があるため、発言者は変わっていますが、議論の話題に上がっていることは実際に会議で話題になったことで構成をしています。日本からの視線に立つと、そんなことを話していたのかと思うところもありましたが、当時の様子が伝わるかなと、あえてそういう部分を採用しています。

今から約70年前に採択された宣言ですが、改めて読みでみると、現在においても実現できていない部分がたくさんあることが分かります。この機会に少しでも『人権の普遍的宣言』に興味を持ってもらえたら、と思っています。

是非、睡魔との戦いに勝っていただいて、感想などお寄せくださいませ。

以下、この作品の参考文献を。


『Article 30』初稿” への2件のフィードバック

  1. 今度、参考文献を教えてもらおうと思っていたのですが、すでにブログにアップされていたのですね。これらの資料にあたりながら台本が練られていることに改めて敬意を表します。演劇上の動機についてもよく理解できましたが、問題意識にも鋭いものがあると思いました。参考にさせていただきます。

    1. コメントありがとうございます。
      もう少し当たらなければならないかなと思っていたのですが、なかなか思うような資料が無かったので少し苦労しました。『世界人権宣言』が作られた当時の雰囲気を一番良く伝えてくれるのは『「人権に関する世界宣言」成立の経緯 』でしたが、古い資料なので見つからないかも知れません。必要があれば、いつでも仰ってください。

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