10年目の終わりに

先週の土曜日、午後に三芳町の芸術文化シンポジウムに出かけてきました。三芳町にはコピスみよしの高校演劇フェスティバルでお世話になっているご縁もあります。シンポジウムは、2年間に渡って検討されてきた提言書を元に、平田オリザさんの基調講演、参加者によるディスカッションなどがあり、とても充実したものでした。今年で14回目になるフェスティバル、個人的にはかなり重要なイベントなので今年も頑張らねばと、気持ちを新たに取り組んでいきたいと思います。

そして、その夜。ウチの地区から他地区へ、しかも演劇部の無い学校に異動する先生の送別会がありました。この送別会にはかつて、この地区で顧問をされていた先生方が集まってくれました。『演劇をする人』としては、それ以前にもキャリアがあった訳ですが『演劇部の顧問』としては、こうした皆様方に揉まれながら育ってきたのだと思います。そういう方々が、地区や演劇部を離れた後もこうして集まってくださるのは、とてもありがたいことだと思います。

なんというか、僕の背景には自分が通ってきた演劇の世界があります。そこはそれ、そう簡単に譲れないものがあるわけです。でも、それが万能なものでないことも良く知っています。僕にとっての演劇は『楽しんでもらう』ものであって『主張する』ものではありません。そこが僕の作品の弱さであることも分かっています。でも、そこは変えるつもりはなく、どんなに時間がかかろうが『楽しんでもらう』ことで魅了しきることを目指すべきではないかと、今は考えています。

だからこそ、それぞれに演劇部を指導していた先輩方が、それぞれのスタンスから観た意見を述べてくれることはとてもありがたいものです。時にボロボロに、時にケチョンケチョンに、時に少しだけ褒められたりする中で、自分の作品がどんな風に見えていたのかを推し量っています。

(………と書くと殊勝すぎる感じがしますが、実際には誰の意見でも素直に聞くわけではなく、演劇に関わって20年以上になりますから、『ある視点からの論評』か『批判のための批判』かは感じ取れますので、真剣に聞くべきものと、そうでないものは取捨選択しています)

部員にもよく言うのですが、結局、演劇というのは『お客さまにどう見えていたか』が全てです。ですから、作品について後付けの『こういうつもりだった』というような注釈は無意味なもので、表現者としては、観客のあらゆる指摘に耳を傾けなければならないのだと思います。つまり、100人の観客がいれば100人の見え方があると思っていないと道を誤るのではないかと。

あと、最近思うのは、『全国のどこかに僕と同じような作風で作演をしている人がいないかなぁ………』ということ。47都道府県もあれば、どこかに1人ぐらいいないかなぁ、と。最近、少し脚本とか演出とかのことを考えるのですが、同じ路線を進む人と意見交換できたら楽しいだろうなぁと思うことがあります。

・・・などと、つらつらと雑感をしたためましたが、演劇部の顧問となって10年が経過。明日から11年目に突入します。ちょうど、前の学校で5年、こちらの学校で5年。一つの節目という感じがありありとあります。今後、どんな展開が待っているのかは分かりませんが、少しずつ前進できるように頑張っていきたいと思います。


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