岐路に立つ。

秋季発表会が終わりました。作品については観て頂いた以上でも以下でもないので、観て頂いた方の感想にお任せすることにします。

問題はこれからです。どうしようかなと。発表会終了来、ずっと考えています。冷静に分析しようと思うので、少し偉そうな部分もあるかと思いますが、ご容赦を。

得意なところ。たぶん、役者を育てることは得意な部類に入るのだと思う。今まで発声や滑舌、イントネーションなどの問題はあまり指摘されたことはないし、話し方や会話については個人差のあるものだけれど、信頼できる方々から成立していないとは言われない。もちろん、指導し始めてからの時間の差や個人差もあるので常に全員が完璧だとは思わないが、学年相応よりは上で推移できてるのではないかと思う。

これは自分の経験値によるところが大きい。自分が演じていた頃、シェイクスピアの科白をいかに自然に言うかに努めていた。力んだ美しい科白ほど聞くに堪えないものはない。でも、格調高い科白ほど自分に酔いがちになって、人に届けるのを忘れてしまう。先輩に良く怒られた。今回、yassallさんが『美しい詩の朗読』と褒めてくださったが、もしそうなっていたとしたら、きっとその時の経験値がものを言っているのだと思う。

得意か苦手か微妙なところが演出。当たり外れが大きい。ここでも役者を動かすのは得意で、流れるようになドタバタ劇を構成するのは得意なのだけれど、物語の構成を立ち上げていく表現力がイマイチ。演出をしている時、役者が何を考えているかは痛いほど分かるので、それを解決することは出来るのだと思うけれど、作品全体を見通しての構成力が弱い。役者上がりの演出家に多いパターンに陥っている。

照明は分かっていないんだと改めて痛感した。基本的に繊細な感性を持ち合わせてないので、色々なことが気にならない。言われるとよく分かるのだけれど、考えてるときに気にならないと意味がないし、そう考えると、綺麗な照明を目指すよりも、やはり地明かりでいけるような表現を身につけていく方が良いのかもしれない。

問題なのは苦手な脚本。苦手だと分かっているなら書かなきゃ良いわけだが、書き始めたときの問題が何も解決していないから、書くしかない。苦手なりに良し悪しはある。良いときはどういう時か、悪い時はどういう時か。
今までに書いた演目を上演した物を整理してみる。

傾向として原作物にしても発明家のエピソード物にしても、原典に近ければ近いほど、登場人物の変化が分かりづらいと評判が悪いような気がする(【Snow White? Bloody Red!】とか【To Explosion!】とか【Eliza!】の後半とか、今回のとか)。逆にキャラクターだけを借りて自由に書いているときの方が比較的評判が良いのかなと(【Alice!】とか【Eliza!】の前半とか)。じゃあ、原典を置かずに書いた方が良いのかと思うが、オリジナルの【I Got Rhythm!】がそれほど良いわけでもない。なかなか難しい。

例えば、【Alice!】のような作品でテーマとか言われても『何言ってるの?』と思うが、今回のような作品では『仰るとおり』と思う。テーマのを込めなければならないタイプの作品でそれが出来ていないのが問題なのだろう。もちろん、考えていないわけではないのだけれど、上手く盛り込むことが出来ないのは表現力が足りないからだろう。これはかなり致命傷な気がする。

でも、気を落としていても仕方ないので、立ち向かわなければならぬ。どうしていくか。そんな話を卒業生としていたのだが、1時間に納めないといけない時は原作を取らない方が良いんじゃないかという話になった。原作のあるものを1時間に納めようとするから無理があるんだろうと。実際に演じていた子たちの意見なだけに重みもある。アトリエ公演ではオリジナルをいくつか書いているのだが、そちらの方が好きという子もいた。今までは意図的に外部公演では原典のある物を選んでいたのだけれど、それを変えていくことも必要なのかなと思ったりしている。

・・・と色々考えていくと、かなり憂鬱に陥る。結局、出来ていない、苦手なことの方が圧倒的に多い。でも、natsuさんやyassallさんや他地区にわざわざ観に来てくれた坂戸の小父さんなどなどの先輩方が励ましてくれるので、なんとやっていられるのだろう。

そして、秋の発表会の反省会で地区の先生に何故、泣かされたのかという話に進む。端的に言うと、『ちゃんと県を目指せ、関東を目指せ、全国を目指せ、君の覚悟次第だろ』と言われたわけだ。その先生は最初に脚本を書いた時に『書けてない』と集中砲火を浴びていた頃から脚本を褒めてくれた数少ない先生の一人。酔った勢いもあったのだろうが、酔っているだけに本音なのだろうなとも思う。

でも、どうしてもそういう気になれない。コンクールに嫌気がさした後、一度だけ県に行き、関東へ行ったが、やっぱり、もう一度行きたいとは思えない。だから、君次第というのはその通りなのだろうと思う。坂戸の小父さんのように自分のスタイルで挑むためには反対側の人たちに付け入る隙を与えない強さと覚悟が必要なのだろう。その先生は同じ地区だから毎年、講評を聞いていて、毎回、同じことで付け入られているのに歯痒く思うところがあったのだろうと思う。

普段、あまりそういうことを言わない人にそういうことを言われると心に突き刺さるものがあり、泣いてしまった。そう思っていてくれることは嬉しいし、それに応えられる自信がないのが情けなくもある。

節目の10年目を迎えて、どうしていくべきなのか。色々な面で岐路に立っているのだなと感じた。


岐路に立つ。” への2件のフィードバック

  1. 私は今でも『A Midair Knight’s Dream』の1st editionの美しさが忘れられません。

    あそこからずいぶん回り道をしているように思えてならないのですが。

  2. コメントありがとうございます。
    題材の取り方は難しいですが、その時その時に応じて決めるものなので良し悪しがありますね。
    回り道かは分かりませんが、それがあって、その頃よりは書けるようになってきているのできないかと。最近は説明科白が多すぎると言われることも減ってきましたし。。。

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